縁起物としても昆布

布が古くから、結婚式やおめでたごとに用いられてきたには周知のことですが、その理由は、一般に「喜ぶ」に通じるから、と思われているようです。

しかし、実際には「昆布」=「よろこんぶ」と言われ出したのは鎌倉、室町の頃からで、もっと古くには、昆布の古命「ヒロメ」が広めるに通じ、長々とし たその姿が縁起が良いと言われていたのです。

現在でも京阪方面では、祝儀にさいして幅の広い山出し昆布をたてに二つ折りにし、これをぐるぐる巻き、紅白の紐で結び、三宝にのせて床の間に飾る習慣 が残されています。

これが一段とこったものになると昆布で鶴亀を作って供えるようにもなります。

また俗に、結婚披露を「おひろめ」と言うのも「ヒロメ」という古称から来ているとも言われています。

昆布を宮中で用いたのは、おそらくかなり古いもので、『年中定例記』によれば、「殿中正月ヨリ十二月マデ、御対面御祝ハ以下ノコト」として「焼栗九、 昆布九切れ(一寸四方)」と記しています。

時代下って、戦国時代になると、その慣わしは武士階級にも広まり、出陣、凱戦の儀式に昆布は欠かせぬものとなりました。

「軍用記」によると、出陣式で、白木の三宝にのせて出される品は三品で、打ち鮑(あわび)が5本、勝ち栗が7個、長昆布が5切れです。

式では、大将が南向きに床几に腰をかけ、酌人のついだ酒を飲み、決められた順に、先の三品を食べてゆきます。

まず鮑を広いほうから食べ、次に勝ち栗を一つ食べて、二の盃、三の盃と一杯 づつ飲み干し、最後に昆布の両端を切り取って中を食べて、もう3回、酒を飲 むのです。

これは、敵に「打ち勝ち喜ぶ」という語路合せで、勝利のときには「勝ち、打ちて喜ぶ」と順序を逆にして祝いました。

当時の武士達は、戦場にのぞむにつけ、勝つにつけ、昆布を食べていたのです。

ただ、これらの食品は、単に語路合せのためだけに選ばれたわけではありません。

どれも、古代から我々の祖先が大切にしていたわが国固有の食料です。

だからこそ、生死の関頭に立ったときの心の支えとされ、何よりもめでたい品とされたのです。

これがやがて民間に伝承され、のしあわび昆布は、結婚、元服その他の慶事にはなくてはならないものになるのです。

また、正月には勝ち栗を歯固めに、のしあわび昆布の類を鏡餅の上に飾るようにもなるのです。
(今は、あわびは高いので一般的にはするめに代わりました)